探蝶逍遥記

台湾宜蘭縣遠征記(5)フトオアゲハ

 お待たせしました! 今回遠征記の真打ち、フトオアゲハ(Agehana maraho)の登場です。Agehana属は全2種。もう一方は、中国本土に棲むシナフトオアゲハ(A.elwesi)で、共に「尾状突起内に2本の翅脈がある」点が最大の特徴。このアゲハを珍品たらしめているのは、①太い尾状突起と、②それを強調するような細長い翅形、③後翅に配された毒々しいほどの赤色紋の特徴に加え、産地が限定されることでしょう。本種は台湾でのレッドデータリスト(瀕臨絶種野生動物)にリストアップされており、もちろん採集はご法度です。今回遠征記(1)で触れたように、訪問時期に対しては相当神経質に考えねばならず、地元愛好家の方に直接お伺いして日程を決定した経緯があります。
 さて、出発前に台湾宜蘭縣の週間天気予報を確認すると、滞在期間中は全て「雨時々曇り」の最悪のパターン(^^: 実質5日間の内、1時間でも良いから晴れてくれ!と祈る気持ちで出発したのでした。現地・山間部では概ね夜明け頃は霧がかかっていて、朝方は太陽が顔を覗かせるのですが、10時半頃には既に雲量が増してきて、早い時は正午前から、遅くとも午後1時には雨になってしまいます。午後の雨は止むことなく、深夜まで降り続くことが多かったのです。この頃、丁度梅雨前線は台湾島上にあるので、仕方ないと言えばそれまでですが・・・・(2014年、台湾の梅雨入りは沖縄の入梅と全く同じ5月4日)。
 フトオの♂はPapilio属同様、朝方に吸水に来るはずで、ポイントになりそうな渓谷の底で、朝一番から待機しておりました。ポイント付近の情景です。

+++画像はクリックで拡大されます+++
f0090680_20515670.jpg
TG2@4.5mm、ISO=200、F2.8-1/800、撮影時刻:12時04分(5月29日)

 V字谷と言っても良い渓谷地帯です。5月28、29日は全く成果無く、ひょっとして発生時期が終わってしまったのか、と暗澹たる気分になりました。そして30日。この日は初めて7時30分頃からほぼ快晴で、渓谷の底に陽が入ると急に暑さを感じるようになりました。そして待望のフトオ♂が8時30分過ぎに登場したのです!想像していたよりは小さいアゲハだな~と思いました。恐らく細身の翅型のせいでしょう。さて、はやる心を押さえながら、暫く様子を伺い、安定して吸水に入ったのを確認してから激写を開始。最初はノンストロボで。
f0090680_20521929.jpg
D71K-34、ISO=640、F11-1/500、+0.3EV、撮影時刻:8時38分(5月30日)

 暫く連射してから、改めてフトオを観察し、肝心の尾状突起が大破していることに気が付きました。ちょっとガッカリ(^^: 続いて完全逆光条件でストロボを使ってのショット。
f0090680_20523593.jpg
D71K-34、ISO=200、F7.1-1/800、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:8時41分(5月30日)

 こちらは年初の記事にアップした再掲載画像です。丁度、左右後翅の欠け具合が異なるので、「フタオ」アゲハのように見えます。肝心の太い尾状突起は両翅共、一部の輪郭を除き欠落していたようです。恐らく、野鳥からの攻撃で失ったのでしょう。フトオの特徴は後翅外縁に拡がる真紅でデカい赤色紋ですが、この赤紋は外敵の目を引くには十分で、結果的に致命傷となる頭部を食われることを回避する効果があるのかもしれません。本種が有毒のオオベニモンアゲハ(Byasa polyeuctes termessus)に擬態していることは間違いありませんが、野鳥達はフトオを不味くない餌だと認識しているのかな?
 次に順光下、ストロボ使用で撮影。
f0090680_20531557.jpg
D71K-34、ISO=200、F4-1/1000、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:8時44分(5月30日)

 フトオが吸水に来る地点の川床は恐らく鉄分が多いのでしょうね。赤褐色の背景は、フトオの姿をより鮮やかに見せてくれる効果があったように思います。この後、広角を狙おうとしていた管理人の狙いを悟ったのか、無情にも山頂方向に飛び去って行きました。フトオが出現してからのショータイムは6分余り。破損品ではありましたが、その姿を暫し堪能することができました。翌日、そして最終日の6月1日も同じポイントでフトオを狙いましたが、結局出現せず。登場したのは5日間で1日のみ、それも僅か6分間に過ぎなかったのです! 実は、フトオ狙いで撮影にやって来たのは管理人だけではなく、台湾国内からも多くの撮影者が渓谷を訪問しておりました。現場で会話を交わした若いカメラマンの姿です。
f0090680_20534111.jpg
D71K-34、ISO=800、F11-1/800、撮影時刻:11時31分(5月29日)

 5日間で延べ20名ほどの現地カメラマンと情報交換しましたが、どうやらフトオを撮影できたのは、管理人だけだったようで、カメラモニターでその姿を見せると、大変羨ましがられました。今回何とか目的の蝶をカメラに収めることができたのですが、帰国後、当然完品を求めてリベンジしたくなってきました。ベストな訪問時期として恐らく5月中旬頃が鮮度の面では正解なのでしょう(※1)。ただ、今回同様、梅雨時には違いなく、余裕を持った日程が必要でしょうね。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
※1)本種は年2化とされていますが、2化品の個体数は1化品に比較して極めて少ないらしく、一部のGraphium属のように、第1化以降、休眠蛹が散発的に羽化するのかもしれません。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 
 帰国してから、数10年振りに北杜夫の「峪間にて」を読み返してみました。この短編小説では、山腹へヒルトッピングで飛来するフトオを狙うシーンが描かれております。今回の滞在中、渓谷の底が霧に包まれていなくても、V字谷を構成する山腹上部は深い霧に覆われていることが多く、現実にヒルトッピング個体を狙える好天気がこの時期、果たしてあるのだろうか?と疑問に思った次第。しかし、旅行後に読み返すと、現地の深い峪間から湧き上がって来る霧の様子などが実にリアルに蘇ってきました。未だお読みになっていない読者の方、是非ご一読(※2)をお勧めします。<次回へ続く>

※2) 公共図書館で、「新潮社刊、北杜夫全集2(1977)」を借用するのが便利です。この巻には「峪間にて」の他、芥川賞受賞作「夜と霧の隅で」が収められております。
by fanseab | 2015-01-19 20:58 | | Comments(14)
Commented by dragonbutter at 2015-01-19 22:42
フトオアゲハの撮影おめでとうございます。
目の前に舞い降りた時の興奮が伝わってきました。
小学校の頃、平山修次郎の古い図鑑だったと思いますが、フトオアゲハ(フトヲアゲハと書いてあったかな)のことを初めて知った時のことを思い出しました。
Commented by 22wn3288 at 2015-01-20 08:13
フトオアゲハの写真懐かしく拝見しました。
出会えて良かったですね。
終戦後暫くして図鑑で見て憧れたことを思い出しました。
Commented by Sippo5655 at 2015-01-20 16:49
赤紋のインパクトが素晴らしい蝶ですね!
尾状突起の欠損は、この子の身を守るおまもりの成果なんですね。
まるで真紅の旗のようになびく、
鉄分を含んだ赤茶の背景もお似合いですね!
5日間も粘って、たった6分。
想いと執念の賜物ですね。
すばらしいです!
Commented by fanseab at 2015-01-20 21:13 x
dragonbutterさん、有難うございます。
何とか虎の子の1頭を撮影できてホッといたしました。何せ天候不良でやきもきとした遠征でしたので、ラッキーだったと思います。
平山図鑑とはまた、古典に近い図譜ですよね。小生は実際に読んだことはありませんが、旧かなづかいにすると余計珍品らしく響きますね。
Commented by fanseab at 2015-01-20 21:17 x
22wn3288さん、何とか出会えて高い遠征費の元を取ることができました。発見されたのが1930年代でしたし、終戦直後だと本当に図鑑が貴重な時代でしたから、異形アゲハの姿は本当に憧れの存在だったでしょうね。
Commented by fanseab at 2015-01-20 21:22 x
Sippo5655さん、仰る通り、赤色のインパクトは絶大で、アゲハチョウの中でも本当に赤が映える種だと思いました。実際の所、5日間も居るのだから、もう少し長時間観察できるだろうと楽観しておりましたが、見通しが甘く、苦戦いたしました。
何とか尻尾を捕まえたけれど、その尻尾は切れていた・・・。こんな冗談も撮影できたから言えるのですけどね。
Commented by himeoo27 at 2015-01-20 21:27
逆光の中吸水するフトオアゲハの写真
綺麗ですね!僅かな時間で良く撮影し
たものとビックリです。
Commented by yurinBD at 2015-01-20 23:07
フトオアゲハ!とてもインパクトのある蝶ですね!
お写真もとても美しく、感動しました。
このお写真を撮影されるまでのプロセスは大変だったものと
推察いたしますが、撮影成功で良かったですね!
是非、台湾にも行ってみたいと思いました。
Commented by fanseab at 2015-01-21 21:54 x
himeooさん、撮影可能な時間は僅か6分間と記しましたが、アゲハ類で、朝方一番の吸水は概ね短時間なので、連射するには十分な時間でした。やはり、複数個体が出現せず、綺麗な個体を撮り直しできなかったのが最も悔やまれる点でした。
Commented by fanseab at 2015-01-21 21:58 x
yurinBDさん、ご指摘の通り、大変インパクトのある姿形ですよ。図鑑で見た時から、絶対撮影したい・・・と思わせるには十分な相手でした。どこの場所でもそうですが、海外で目的の蝶を撮影する場合、当然情報量が少なく、撮影するまでのプロセスはかなりシンドイものです。逆に言えば、それだけ、発見できたり、撮影に成功した時は、日本とは比較できないほどの嬉しさがこみあげてくるものです。
Commented by thecla at 2015-01-21 23:28 x
フトオアゲハ撮影おめでとうございます。
私は中学生のころ、「峪間にて」を読んでフトオアゲハに憧れた口です。北さんの本を読んでの憧れ蝶のトップは、フトオとアポロでしたから、今でも簡単ではないことがわかって変にほっとしています。
あと、なんとはなしに峪の雰囲気が漂う、黄色い皇帝も読み返したくなりました。
Commented by 虫林 at 2015-01-22 06:24 x
フトオアゲハ撮影おめでとうございます。
素晴らしいチョウと素晴らしい写真です。
尾の破損など気になりません。
いつか見てみたいものです。
Commented by fanseab at 2015-01-22 21:45 x
theclaさん、コメント有難うございます。
原則年1化の蝶は国内外問わず、発生のピークを当てるのが難しいですね。それと恐らくフトオも年毎に当たり外れがあるのだと思います。更に発生時期の天候がムチャ不安定であることが撮影の難易度を上げています。恐らくアポロよりも難易度は高いのではないでしょうか。「黄色い皇帝」の方は現在、日本人が入域するとヤバい地域なので、恐らくチャンスはゼロでしょうね。
Commented by fanseab at 2015-01-22 21:48 x
虫林さん、有難うございます。
何とか無事撮影できました。確かに仰るように、尾状突起は破損しておりましたが、坊主でなくて何よりでした。やはり品格のあるアゲハは破損しても品位を保つ何かがあるのだと思います。
引きの強い貴殿なら必ず本種に出会えるものと確信いたします。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード