探蝶逍遥記

房総半島のヤマキマダラヒカゲ(8月下旬)

 去る5月に実施した首題ヒカゲの夏型探索です。
今回はポイントが判明しているので、ちょっとお気楽。現地7時15分着。この時間帯は藪や木陰に潜んでいるので、長竿で刺激したりして周辺をウロチョロ。しかし、1頭のNeopeが藪に消えていくのを見送るだけで成果が上がりません。5月に樹液が出ていたタブノキをチェックするも肝心の樹液が出ておりません。これは困った・・・。で、仕方なく少し捜索範囲を拡げてみることにしました。最初のポイントから南方に500mほど歩くと、クヌギ林があって、下草は殆どネザサやメダケが茂っている状態。ここは理想的な環境なので、ここで粘ることにしました。少し足を踏み入れると期待通り、次々とNeopeが飛び出します。どうやら山(ヤマ?キマ)を掘り当てたようです。最初に見出したヤマキマ♂個体です。                                                                       ++横位置画像はクリックで拡大されます++
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D7K-34、ISO=200、F11-1/60、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:8時14分

 以下に示すヤマキマの特徴が良く出た個体です。
①後翅裏面基部にある3個の黄斑点の並び(形質Aとする)が「くの字」状。
②後翅裏面外縁側の眼状紋の黄褐色環の巾(形質B)が薄め。
 特に第4,5室の眼状紋内の「瞳」部分の黒点が明確な点。
③前翅裏面第5室眼状紋外側の白班(形質C)が明確な点。
↑で図示した個体(#1)を含め、異なる5♂個体につき、形質A,B,Cを比較図にまとめてみました。
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 形質Aの「くの字」状班については、サトキマとの比較で最も良く引き合いに出されるポイントですが、管理人はこの3個の並び方を日本列島のポンチ絵に擬えて、比較することにしています。↑の図は各個体の左後翅での比較になるように、一部左右反転処理をしております。逆に右後翅としてみた場合、3個の円状班を日本列島に見立て、上から概略、北海道、本州、九州とします(四国は簡単のため省略します)。サトキマの場合は、各島がほぼ均等に離れて配置されるのに対し、ヤマキマでは「北海道」と「本州」が結合したようになることが多いのです。個体#4がその典型例です。#4のような斑紋特徴を見れば、他の形質を見ずにヤマキマと判定可能な場合が多いと思います。全5個体の形質A,B,Cを比較する限り、極端な変異はなく、安定して出現する形質だと判断されます。
因みにブログ仲間のyoda-1さんも労作、「識別検討室で形質Aについて解説されていて、『(後翅基部の)第1、3点を結ぶ直線の二等分線を引くと、ヤマの場合中点が大きく第1点にかなり近い』と表現されています。

 探索した時間帯(8時~10時)は基本、下草や樹幹で静止しておりますが、時折、クヌギの幹を螺旋状に巻きながら飛翔する♂個体をみかけました。本件でお世話になっている高橋先生の論文(※1)によれば、この螺旋状探♀飛行は春型で特に顕著に観察されるようですが、夏型でも同様な行動を示すようです。

 さて、♂は複数個体撮影でき、♀を探し始めましたがサトキマ♀はいるものの、ヤマキマ♀らしき個体がなかなか発見できません。ようやく樹幹に止まる♀を撮影できましたが、酷い手振れ(^^; 
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D7K-34、ISO=200、F5,6-1/50、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:9時09分

 やはりこのレンズ系で1/50sec.のシャッター速度はリスクが多すぎました。♀の裏面斑紋も基本、上述した3形質の特徴を維持しておりますが、形質B(眼状紋中の黄色環厚み)はサトキマのように黄色環がやや厚くなります。従って♀個体の場合、形質Bだけでヤマキマ/サトキマを判定するのは危険です。

 さて、このポイントは困ったことにサトキマ/ヤマキマの混棲地であります。念のため出会ったサトキマ♂を図示しましょう。
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D7K-34、ISO=500、F4.5-1/125、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:9時50分

 ご覧の通りのスレ品です。房総半島の混棲地において、夏型の場合、サトキマの発生よりやや遅れてヤマキマが発生します(春型は逆にヤマキマの発生が先行)ので、♂が汚損した個体であるのは想定内でした。次はサトキマの♀。
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D7K-34、ISO=500、F8-1/100、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:8時45分

 こちらは羽化直に近い新鮮な個体です。夏型のサトキマ♀は春型に比較して裏面が淡い色調になって、オオヒカゲを彷彿とさせる堂々とした姿に魅了されます。ここで折角ですので、後翅裏面の形質A,B,Cについて、ヤマ♂♀、サト♂♀相互の比較もまとめてご紹介しておきましょう。
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 この絵で図示したのは、もちろん典型例でして、全ての形質には例外が存在します。そこで「総合的に判断する」必要があります。特に形質Bについては、微妙な個体が多く、高橋先生も論文上で、『房総半島産のものは後翅裏面の眼状紋の特徴もサトキマダヒカゲに近い』と述べられております(※2)。ともかく、房総産亜種は国内ヤマキマの中で最もサトキマ的であるらしく、Neope初心者には困った相手なのです。

 次に今回撮影したポイントの状況をご紹介しておきましょう。
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GXR@5.1mm、ISO=200、F2.5-1/40、-0.7EV、内蔵ストロボ、撮影時刻:9時21分

 ご覧の通り、クヌギをメインにする雑木林で、クヌギは暫時伐採されて、シイタケ栽培の榾木として利用されています。下草のメダケの丈も管理されているのか、ほぼ一定の高さに維持されています。環境を一言で表現するならば、「薄暗いけれども風通しは良い」場所でしょう。

 さて、サト/ヤマの判定基準としては裏面のみならず、表翅にも識別点があります。こちらは飛翔でしか撮影できないので、藪を掻き分け、蜘蛛の巣にまみれながら(笑)、格闘して参りました。最初はヤマキマの♂。
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D90-20(トリミング)、ISO=400、F11-1/320、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:8時46分

 まるで展翅品のような趣で写ってくれました。♂の表翅と裏面をバランス良く写せたのが次の1枚。
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D90-20(トリミング)、ISO=400、F11-1/320、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:9時46分

 表翅および裏面での識別点がほぼ全て確認できる絵になりました。表翅の識別点については別途解説します。お次はヤマキマ♀の順番ですが、残念ながらヤマキマ♀の飛翔は撮影できず。でもって、サトキマの♂です。
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D90-20(トリミング)、ISO=400、F11-1/320、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:9時52分

 続いてサトキマの♀。
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D90-20(トリミング)、ISO=400、F11-1/320、-0.7EV、外部ストロボ、撮影時刻:9時47分

 シイタケの榾木に着地寸前の姿でした。ここで表翅のヤマキマ/サトキマ識別点についてまとめておきます。内容は「フィールドガイド・日本のチョウ」、p.256-257に記載されたものと同じです。
<表翅におけるヤマ/サト判定ポイント>
形質D:前翅の翅脈上黄条:太いのがサト、細いのがヤマ。
形質E:前翅頂近くの黄班
[ヤマ]:前翅第5室の黄班は内部(基部側)に伸びず、第6室黄班の中央部までは
    到達しない。
[サト]:上記黄班が伸長して、第6室黄班中央部まで到達する。
形質F:前翅第1b室の黄班:内部に黒点が生じるのがサト、生じないのがヤマ。

 形質Dについて、この特徴を明確に表現しうる画像を管理人は保持しておりません。そこで、形質E・Fについてのみ、下記画像でご紹介いたします。いずれも飛翔画像から大幅なトリミングで画像処理しておりますので、画質の悪さはご容赦下さい。
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 なお、形質Fについては、これまた例外があって、ヤマでも黒点を生じるタイプがありますので、その事例も入れておきました。高橋先生の論文(※2)によると、房総半島産ヤマキマ夏型における黒点出現率は、♂で76.5%、♀で88.9%となっていて、これが房総半島産亜種の特徴だと指摘されております。つまりこの地域のNeope個体群については、もはや形質Fをサト/ヤマ判定には使用できないと言ってもいいでしょう。

 また、サト/ヤマに共通する♂♀の識別点として、前翅第3室・5室の特徴(形質Gとします)が挙げられます。2枚目の比較図中、サトキマ♀に識別点を解説しておきました。もちろん、「魚の尾鰭」の形状は個体変異があって、学研版・日本産蝶類標準図鑑、図版107-9で図示されたサトキマ♀では、第4室黄班まで「尾鰭」が出現し、各室の尾鰭が融合したような斑紋になっています。これは斑紋全体が黄色化した極端な事例でしょう。

 この日は個体数にも恵まれて、予定した画像収集は比較的早く完了したため、10時30分に撤収いたしました。一方、活動が活発になる夕刻の行動、特に求愛・交尾・産卵シーンの撮影は次回以降の課題になりました。9月に入ってから拙ブログでサトキマダラヒカゲを頻繁に扱っておりますが、実は今回のヤマキマ撮影を端緒として、比較対象であるサトキマの生態をこれまで真面目に観察して来なかった反省を踏まえ、サトキマにスポットを当てて、集中的に観察してきたのでした。「似て非なる」故事成語があります。サトキマとヤマキマ、両者斑紋は本当に酷似しておりますが、行動様式は色々と異なるようです。これからもこの地味な蝶を丁寧に観察していきたいと思っております。
 最後になりますが、今回の観察結果の検証については、再度、高橋真弓先生のお手を煩わしました。先生にはこの場もお借りして厚く御礼申し上げます。因みに今回、先生に全10個体、合計11枚の画像をチェックして頂きましたが、管理人の正答率は91%でした。多少、自信はついたものの、まだ完璧ではなく、この蝶の同定難易度を改めて痛感した次第です。

<参考文献>
※1 高橋真弓・青山潤三、1989、房総半島産ヤマキマダラヒカゲについて(Ⅲ)、蝶と蛾 40(2), 117-131.
※2 高橋真弓・青山潤三、1981、房総半島産ヤマキマダラヒカゲについて(Ⅰ)、蝶と蛾 32(1・2), 29-47.

<クイズ>
前回記事同様、ここで読者の皆さんにクイズです。次の飛翔画像は
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(1)サトキマかヤマキマか?
(2)♂か♀か?
さぁ、どちらでしょう!表翅しか写っていないので、本記事で述べた表翅における識別点を考慮してお考え下さい。答えは前回記事の一番下に記載しております。なお、コメントされる方は、前回クイズ同様、本クイズの解答に直接触れる記述はご遠慮下さい。
by fanseab | 2012-09-21 21:32 | | Comments(6)
Commented by yoda-1 at 2012-09-22 04:00
これまた素晴らしい記事に圧倒されました。
YODAもちょうど、両種の翅表比較の比較図でも作成しようと思っていました。
本当に房総産のヤマキマはかなりサトキマに近いですが、どのポイントで判断すればよいか、本記事でよく分かりました。特に他所では例外の多い、基部3点の並び具合で100%?判定できるのはありがたいことでしょうか。
しかし所定の撮影を10:30に終わるとはさすがの集中力です。しかも見つけるのも難しいと思うヤマキマ♀雌もしっかり撮影されていて恐れ入りました。
整理されている画像からの両種の房総半島における差・傾向を追加して述べると、
・後翅裏第4室の中室側暗色斑の高さ(翅脈方向の幅)があり矩形度も高いのがヤマキ。
・この産地のヤマキマは、前翅裏第4室亜外縁の明色斑がサトキマのように丸いが、しばしば中に黒斑をもっているかのようなかすれた汚点を持つ個体が多い。
などでしょうか。
Commented by OTTO at 2012-09-22 15:19 x
検索図鑑のような記事。
普段は後翅基部の三つの紋の並びで区別していましたが、他にもいろいろあるんですね。
fanseabさんでさえ判別100%にならないってことは、私などは結構見間違っているってことになりますかね。自信喪失・・・汗;
それにしても、fanseabさんの写真のこだわりだけにとどまらない、細部の観察と、学問風の記録手法や表現に改めて驚かされております。
サトキマとヤマキマのようなあまり同好者にも注目されないような地味な普通種をこれほどまでに踏み込んで観察しておられることにも頭が下がります。人間の気まぐれな美意識や希少性ばかりを重んじるような身勝手な価値観に囚われない、fanseabさんの蝶という生き物への深い傾倒と愛情を感じます。
これからもこんな質の高い記事を拝読させていただくのが楽しみです。
Commented by fanseab at 2012-09-22 22:15 x
yoda-1さん、貴殿作成の「識別検討室」最新バージョンも拝見いたしました。色々な見方があるものだなと感心しております。
<所定の撮影を10:30に終わるとはさすがの集中力です
いやいや、全く反対でして、藪蚊の攻撃に遭って、午後まで集中力を持続する気力もなかったから早めに退却したのですよ(^^;
追加指摘頂いた最初の形質は仰る通りだと思います。二番目の形質はもう少し検証が必要でしょう。
Commented by fanseab at 2012-09-22 22:19 x
OTTOさん、コメント有難うございます。
検索図鑑に記載されているような判断形質に従わない個体がいるのがNeopeのいやらしいところで、とにかく数多くの個体数(標本画像も含め)を観察・検証することが必要です。貴殿がお書きになっているように、どこにでもいるNeopeを初めて詳細に検討し、これを2種に区分した高橋先生の先見性・慧眼には改めて敬服してしまうのです。
Commented by Sippo5655 at 2012-09-22 23:10
私、目が回ってしまいそうです><
クイズも全くわかりません・・
どうして、こんなに識別点が難しいのっ
以前、人に薦められて買った原色日本蝶類図鑑に
魚の形、とかいう表現が書かれていて
これはすんなりと頭に入ったのですが、、
時間かけてじっくりお勉強します<(_ _)>
Commented by fanseab at 2012-09-23 22:07 x
Sippo5665さん、マニアックな記事にお付き合い頂いて恐縮です。ハイ、小生も前回および今回の記事で頭を整理するまでは、敬遠していた相手でした。例外が多い形質の中で、どれが一番安定して出現するとか、難解な要素満載ですが、それがオタク心をくすぐる面もあるんですね。
時々撮影されてじっくり眺めてみるのもいいかもしれません。
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